東大生のバレエ留学日記

留学生活中に体験したこと、考えたことなどを公開しています

【LIFE】コンプレックスだったフランスに住んでいた経験が、かけがえのない経験に

こんばんは!なつこです♡

 

今日は学校が終わった後、来週からヨーロッパのバレエ学校に留学するクラスメイトのお別れ会をしに、ラーメン屋さんに行きました!こっちの子は日本食が大好きで、ピラティスの帰りにお寿司を買って帰る子もいます(笑)


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ムール貝たっぷりのラーメン!日本より濃いめのスープでしたが、辛くてコクがあって美味しかった!

 

今日は、私がフランスに住んでいた時の話をしようと思います。なぜかと言うと、この経験がなかったら、私という人間を語ることができないから。それぐらい、私の21年の人生の中で重要な経験です。

私は4歳から12歳まで、父の仕事の関係でフランスに住んでいました。2年間パリに、残りの6年間はボルドーに。

6年生の2学期で日本に帰ってきて、幼稚園の時に数カ月だけ通ったことがあった幼小中高一貫の女子校に“戻り”、日本での生活が始まりました。

「帰国子女」って聞くと、なんだか華やかなイメージがあるし、なんでもできる、外国語がペラペラでいいな、って思われる方が多いのではないでしょうか?

たしかに8年も、しかも日本語もまだ定着していない4歳の時からいれば、ネイティブ並みに話せるようになります。でも、私は現地校に通っていたので、逆に日本語は母と休日に勉強する程度でした。算数と国語をドリルで勉強していたのですが…日本語は両親以外と使うことがなかったので、定着するはずもなく、当時の私の日本語は相当変だったと思います。(今も時々変な時あります笑)

そんな状態で帰国が決まり、ポーンと日本人だらけの学校に入れられました。制服を着ての登校、缶詰よりひどく混んでいる電車、初めての女子校、登校したら靴を脱いで上履きに履き替えること…慣れないことばかりでしたが、一番大変だったのはやはり日本語です。みんなが話す日本語は早口言葉に聞こえ、言葉のニュアンスの違いを初めて知りました。

あるクラスメイトに本を借りようと思った時のこと。私は借りるとき、「面白かった?」と聞きました。その子は「ううん、悲しかった」と答えました。悲しい結末の本が“面白い”わけないですよね。でも私は彼女の答えに納得がいかなかったのか、何度も面白かったか聞いてしまいました。

中学に入ってから、「面白い」と同じ意味の言葉に「興味深い」という言葉があるのを知りました。そこで初めて、小6の時クラスメイトにするべきだった質問は「面白かった?」ではなく「興味深かった?」だということに気づきました。時すでに遅しですが(笑)英語でいうinterestingの意味で「面白かった?」って聞いてしまったわけです。

こんな具合に、日本語ではすごく苦労しました。帰国直後は小学3年生までの漢字しかわからなかったので(しかも定着していなかったので)、教科書を読むのが大変でした。国語の授業中に先生に教科書の音読を頼まれたとき、漢字が読めなさ過ぎて隣の子に小声で教えてもらっていました(笑)

 

私は大学受験をするまで、なんでフランスなんかにいたんだろう、と心の中でずっと思っていました。日本人が当たり前にしゃべったり書いたりしている日本語ができないぐらいなら、フランス語なんてできなくていいと思っていました。ずっとコンプレックスで、みんなはずっと日本にいていいな、と友達がとても羨ましかった。

 

でも大学に入って、フランスに住んでいたことは私にとってかけがえのない経験、「私」そのものを作っている大事な経験だということに気づきました。

東大で出会った友達がそれぞれさまざまなバックグラウンドを持っているように、私も「フランスに住んでいた」というバックグラウンドを持っている。それが何かの得になるならないではなく、この経験、背景があるからこそ今の自分があるんだと思えるようになりました。

フランスに行かなかったらバレエを習っていなかったかもしれないし、東大を受けていなかったかもしれない。書き出したらキリがありません。

私という人間から「フランスに住んでいたこと」をとってしまったら、おそらく何も残りません。今の私の性格も、考え方も、生き方も、何もかも。だから、日本語を克服した自分に自信をもって、これからも前を向いて、時には後ろを振り返りながら、強く生きていこうと思います。

 

今後もちょくちょくこの経験にまつわるエピソードを書けたらいいな♪

今日も読んでいただきありがとうございました!

 

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